高宮は、社家の説によると「第一神始めて降臨有し、辺津宮の旧址といふ、神代より天應元年(781)まではここに惣社の御座あり、旧社に社を立て下高宮といふ」との記録があり、宗像大神降臨の伝承地である宗像山・高宮を神奈備山・神奈備の杜と崇められて来ました。
神奈備とは、「神々が降りてくる山や杜」を意味します。
奈良時代以前は、神社には社殿が無く神奈備としての杜や山や島などを聖なる所と祀られていました。当大社では「昭和の大造営」の際に、この地を古神道の在り方を踏まえ社地・参道等を整備しました。今日では数少ない古神道の聖地として奈良の大神神社の神体山・三輪山などと共に広く知られて多くの崇敬を集めています。
伊勢の神宮で執り行われる多くの祭儀が夜の御祭であることから分かる様に、古来の祭儀は浄闇の中執り行われたと考えられています。
また、「應安神事次第」の記録によると高宮で行われていた八女神事が斎行されたときに「餅五枚、神酒」が供えられ、餅は、「あおつみの餅」とあります。
平成17年、宗像大社氏子青年会の結成による地域の協力体制も整ったことを期に「八女神事」を神奈備山・神奈備の杜と崇められて来た高宮で行われることから、神奈備祭とし、高宮祭場での祭祀を復活させました。
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