大和朝廷時代の国際都市“宗像”

4世紀末頃、九州の宗像と朝鮮半島を結ぶ古代海路海北道中灯を利用し朝鮮半島や中国大陸との交易が盛んに行われるように なりました。当時、すでに玄界灘沿岸から壱岐・対馬を経て朝鮮半島と結ぶ海の道を支配し、航海術に長け、大陸との交易の中心的存在であった海人集団「宗像一族」により、宗像の地は日本初の国際都市として繁栄しました。

繁栄の証しとして沖津宮が鎮座する絶海の孤島“沖ノ島”からは、大陸から持ち込まれた多くの出土品が発掘されています。

※神宝館のページをご覧下さい。

神宝館